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カレンダーと付箋紙

昨日は、強力なお客が来て、なかなか立ち直れず
ブログをアップする気力がなく、早くねた。
なかなか寝付けなかったが、休むに限る。

今日は、スッキリ気分で仕事だ。

業務の打ち合わせや、自分の作業の流れをつかむのに
カレンダー(裏)と付箋を使う。
配置を変えるのが簡単なのと、一緒に同じものをみて
仲間と打ち合わせが出来るからだ。
文書を配ったり、読んで報告したりだけでは、伝言ゲームのようになり、解釈が大きく異なる場合がある。
これを防ぐのには、私はこれが一番。
おかげで、枚数はだいぶ増えてきたぞ。

付箋
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ありがとうの心2

前回の続き(後半)です。
ありがたいと思わないのは色盲といっています。
私もかなり色盲になってました。
自分は自分、親なんて大人になったからあとは関係ないみたいな
ことも思っていたし。
先生も、仕事で大変だな程度で、好き嫌いで先生を評価みたいな
こともいってました。
身の回りにあるもの、道路、橋、学校、病院、警察、消防などは、
まわりのみんなが一生懸命がんばって作ってくれたからあるもので、
あってあたりまえでないことを下の文章できづかされました。
(小野)

----------------------------------------------------ありがとうの心(続き)
 かつて私は、大学生たちとこの問題を話し合ったことがある。
「たとえば、君たちが欲しいと思っていたものを友人からプレゼントされたら、ありがたいと思うだろう。もし、そうならば、君たちの生命をはじめ何万、何十万というたくさんの物のプレゼントをしてくれた両親を、ありがたく思わないはずがない。
 また、君たちが山の中で道の中で困っていた時に土地の人が来て道を教えてくれたら、ありがたく思うだろう。もしそうならば、君たちがイロハも読めなかった子供のころから数えきれないほどたくさんの知識を教えてくれた先生を、ありがたく思わないはずはない。
 また、君たちが暴漢に襲われて一命が危うかった時に友人が来て助けてくれたら、これまたありがたく思うだろう。もしそうならば、君たちの安全と幸福を全面的に保障してくれている祖国を、ありがたく思わないはずはない。
 この親がありがたいと思う心から親に孝行するという道徳が生まれ、また、先生がありがたいと思う心から先生を尊敬するという道徳が生まれ、そして祖国がありがたいと思う心から祖国のために尽くすという道徳が生まれるのである」
 私のこうした説明に対して、一人の学生が鋭く反論してきた。
「たしかに道理はそのとおりかもしれない。しかし、ありがとうの心は社会の現状に満足し、その進歩を止めるものであって、面白くない」
 そこで私は説明を付け加えた。
「お粗末な議論を言うな。ここに美しいバラの花が咲いている。色盲の人たちには気の毒だが美しいバラの絵も描けないし、また、バラの品種改良もできない。それと同様に、この社会のありがたさ、すばらしさのわからない者に、この社会をさらにありがたく、すばらしいものに改良することなどできない話だ。色盲がバラの品種改良を論じるような暴論を言うな」
 その学生は渋々ながら納得してくれたのであった。
 要するに人のありがたさ、社会のありがたさのわかる者のみが、さらにありがたくて立派な社会を作り出せるのだと信じている。

ありがとうの心1

先日の本の続きです。一部抜粋で紹介します。
私は、ここを読んで目からうろこでした。
私にとって大事なところは「事実に気がつく」ことでした。

ありがとうの心

 ありがとうの心
 人間はこの社会の中で、お互いに生かし生かされているのである。われわれはまず、この事実を正しく知らなければならない。ところが世の中には、そのことに気づかず、「自分は一人の力で生きているのだ、だれの世話にもなっていない」と思い込んでいる人が少なくないが、思い上がりもはなはだしい、そういう人たちは、いちど無人島にでも渡って、たった一人の生活をたいけんしてみるとよい。おそらく二日か三日もしたら、そのみじめな生活に悲鳴をあげてしまうにちがいない。自分一人では米一粒、マッチ一本、ナイフ一丁も作ることができないことを思い知るはずである。そう考えてみると、われわれ人間は一人ではまことに無力な存在であって、毎日こんなに豊かで楽しい生活を過ごせるのは、すべて社会の中の人びとに生かされているからなのである。
 こうした事実に気が付けば、「人びとに生かされていることがありがたい」という感謝の心が生まれるはずである。そして今度は自分でもそれに報いるべく。「人びとを生かすために尽くさなければならない」という思いやりの心が生まれるはずである。もし、そうした心が生まれないとすれば、それはまさしく乞食根性といわざるをえないと思う。要するに、まともな人間ならば社会の中で「ありがたいと思う感謝の心」と「人に尽くすという思いやりの心」を持ち合わせるはずである。
 こうした心をわれわれは、「人情」と呼んでいるのであって、社会の一員として絶対失ってはならない大切な心だと信じている。もしこの人情を欠くようなことがあれば、その人間は「人でなし」として、社会の中でつまはじきされてしまう。それだから「人の守るべき道」を説いた宗教も道徳も、すべてこの「ありがとうの心」と「思いやりの心」をその教えの基礎にしているのである。

続く

感動から始まることが大切

「よし!がんばるぞ!」
何を頑張るのかは、これを見ているあなたが決めてください。
でも、こう言い切るには、自分から動こうとする「何か」があるはずです。
私の場合は「感動」から始まっているような気がします。
かっこよく滑るスキーヤーに感動し、「よし!俺もやるぞ!」という気になり。
初めてのインベーダーゲームに感動し、パソコンの世界に飛び込む。
役場の仕事で「やれ」といわれる仕事以外に「やりたい。がんばりたい。」という仕事があるのに気付いた私の話を聞いてください。

総務課に、「町村週報」という全国町村会の発行するものがある。(今はネットでバックナンバーを見ることができます)
 その中のコラムである村長さんが、村井順さんの発行した本の一節に感動し、その文章を模造紙に大きく書き写し、各集落の集会所に張ったというのがありました。
 その写した文章は、幸福な生活をするのに必要なことをわかりやすくしかもズバッとつきささる痛快な内容でした。
 あまりの鋭さに、感動とショックを受けたので、なんとかしてこの文章の本物をみてみたいと思い「村井順、ありがとうの心」をネットでさがしました。そのときは中古も出てなくあきらめかけたころ、横手の古本屋で見つけました。しかも105円。大喜びで買いました。
 私はPTAの役員もやっているので、機会があればこの話を時々しています。ああ、あの話かと思う方もいるでしょう。
本文の内容は、長いので次回紹介します。
 村井順さんは、どんな方かは、ネットで探してみてください。
 戦後の日本の政治にかかわり、その後、総合警備保障会社を設立した人ですが、以前の日本の失敗を繰り返さないよう、そしてこれから道を踏み外さないよう説いています。
今の日本人には、耳がいたいかもしれませんが、日本という子供がちゃんと成長するように説教する親心を感じます。

10年前のまさるこ

まさるこ

辞令

役所は辞令という紙で異動します。
初めて採用してもらった時から綴じているファイルが有ります。
私の歴史でも有ります。

今年は、課長ということになりました。
エッヘンといいたいところですが、恐縮してます。
はたして、オラに務まるのか、オラは何をすればいいんだろう。

せっかくなのでひとつカテゴリを作り、ここを見てくださった
皆さんに、恩返しをしようと思います。
タイトルは「税を知ろう」です。
知らないで損をしているあなた、そう、あなたですよ。
知ってオトクな税情報を、ここでこっそりと話しましょう。

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